国生明神 ホーム 国生明神 story 国生明神 国と人を照らす光 そもそもの始まりは、 国を悪い民を想う国生明神のご神託でした。 今から千三百年以上前のことです。 毎夜放たれるまばゆい光に導かれた役行者が、 この地にて老翁の姿をした国生明神に遭遇し、 国生寺(今の安生寺)を開山しました。 その後もたびたび姿を現した国生明神、 あるときは羽衣をまとった美しい 国を悪い民を想う国生明神のご神託でした。 天女の姿であったそうです。 安産と子授け 霊験あらかたなお寺 安生寺へようこそ 国生明神 – なりたち 1.国生明神のご神託 飛鳥時代の終わり頃、国生明神のご神託により、役行者がまばゆい光に導かれてこの地にたどり着きました。役行者は老翁の姿をした国生明神に出会い、国生寺(後の安生寺)を開山しました。国生明神はその後もたびたび姿を現し、時には美しい天女の姿でも現れたと伝えられています。 2.安生寺の創設 修験道の開祖である役行者によって創設された安生寺は、当初「国生寺」と名付けられました。その由来は、役行者が葛城山の南に現れた大光明を追い、宇智の郡今井の庄で老翁(国生明神)に出会ったことにあります。老翁はこの地の地主であり、天下の安全と国土の豊穣を祈る存在であると語りました。 3.国生明神の願い 老翁は、人々が利己的な行いにふけり、因果の道理を知らないことを嘆き、役行者に仏法を通じて人々を救うよう願いました。役行者はこの神託を尊び、十一面の尊像を作り、寺を建立しました。その後、国生明神の祭礼を行い、国家の安全と五穀豊穣を祈りました。 4. 国生明神の真の姿 ある時、国生明神は天女の姿で現れ、六臂で様々な持物を持ち、七頭の猪子に乗っている姿を役行者に見せました。明神は、四魔三障の難を払い、悪を滅ぼすことを宣言し、再び消え去りました。役行者はこれを應利支尊天の姿と定め、その姿を板に刻んで後世に伝えました。 5. 寺名の変更 当初「神光山国生寺」と名付けられた寺は、役行者が光に導かれて国生明神に出会ったことに由来します。しかし、100年余り後、寺名は「神光山安生寺」に変更されました。この改名後、安生寺は安産と子授けに霊験あらたかな寺として評判を集めるようになりました。このように、安生寺は国生明神の願いを受け、役行者によって創設され、時代とともにその役割を変えながら、人々の信仰を集めてきたのです。 イラスト&絵馬 看板 くにのとこたちのみこと(くにのとこたちのかみ) 国常立尊(国之常立神)