光仁天皇(709-782)の御世の773年、その皇后であり聖武天皇の第一皇女でもある井上(いのえ)内親王(717-775)が、呪詛の疑いをかけられ大和の国宇智部(奈良県五條市)に流弾となり、息子の他戸(おさべ)親王(761-775)と共に宇智部にようやくたどり着いた道中で産気づき、痛みに苦しんでいた。そのとき老人が現れ、安生寺の十一面観音菩薩へのご祈祷を勧め、そのおかげで何とか出産を成し遂げました。史実に基づくと井上内親王、御歳57歳。大変な高齢出産です。以来、安生寺の十一面観音菩薩は、“子安(こやす)観音”と呼ばれるようになりました。ちなみに井上内親王が結婚したのは35歳ごろで、38歳で酒人(さかひとノ)内親王、45歳で他戸(おさべ)親王を生んでいます。